パパ育児日記

2016.11.22

力を抜くことの大切さを、その時の僕はまだ知る由もなかった|東京パパの育児クロニクル vol.9

オトコふたり暮らしを始めて2週間が経った。ママの入院、ハワイ旅行、突発性発疹。怒涛のような日々のなかで、より研ぎ澄まされていったのは「息子に何かあった時の責任者代表は僕です」という覚悟とそれに伴うプレッシャーだった。

世の中、何が起こるかわからない。わからないが、それでも子供を守り、そして立派に育てあげていくというミッションを僕らは担っている。育児は毎日がアドベンチャーで、様々なリスクが渦巻く現場を子供の手を取り走り抜けていくようなものだ。そして僕の場合、ついこの前まで一緒に子供の手を引いていた妻が、今、現場にいない。いれないのだ。絶対安静で病棟から出ることすらできない彼女は、その責任を負いたくても負えない。それはそれで辛く苦しいはずだ。

そう考えると、この間に息子にもしものことがあったら、、、顔向けできねえ。

「この子は僕が守る」という使命感のもと、全神経を息子に注ぎ2週間が過ぎた。そしてそれが日常になりつつある今、自分の親にですら、息子を預けるのを少し躊躇ってしまう。もちろん両親に甘えられるということだけでもとてもありがたく、恵まれたことなのだとは理解している。しかし、責任者代表は僕だ。その事実は揺るがない。

例えば、レストランで両親は自分たちが注文した食事が届くと、それをすぐ食べ始める。当たり前だ。しかし、僕ら夫妻にとってそれは当たり前ではない。離乳食を終えて約半年、もともと外食好きな僕らは息子を連れてよく外食する。その度、料理がテーブルに届くやいなや、息子の分を取り分け、まず息子に食べさせる。別に過保護になっているつもりはないが、その方が息子もぐずらず、暴れず、テーブルも汚さないで済む。とは言え、結果的には必ずぐずったり、暴れたりするのだ。その覚悟と準備ができていること、それが僕ら夫婦の当たり前だった。よってこの半年間、僕らはレストランで温かいものを温かいままゆっくり食べた記憶がない。その覚悟を両親に負わせることはできないし、同じレベルで用心しろというのは不条理な話だ。

ハワイ滞在中、半日だけ息子を両親に預けなくてはいけない時間があった。友人の結婚式に出席するためだ。とても素敵な結婚式だった。ハワイで挙式するなんてキャラではない奴だと思っていたが、とても素敵だった。でも酔えなかった。

どこまで背負うのか。
どこまで気負うのか。
力を抜くことの大切さを、その時の僕はまだ知る由もなかった

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海パパ

1980年生まれ。脱サラ育児を決行した帰国子女クリエイティブ・ディレクター。現在は「働く主夫」として育児と仕事の両立に奮闘中。最近第2児が誕生し、長男の時の教訓を生かしつつ東京パパの育児スタイルを模索中。

 
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