パパ育児日記

2016.11.08

弱気になっていたのはパパとママだった|東京パパの育児クロニクル vol.7

脱サラ育児を決行した元広告代理店勤務の海(かい)パパによる育児コラム。

01

ママのいない日々。オトコふたり暮らしがスタートした。初日、2日目は意外とすんなり行った。すんなり行ったというか息子も僕も妻も現況を飲み込めないまま時間が過ぎた、ということなのかもしれない。

ママが隣にいない朝を、生まれて初めて2日連続で迎えた息子。寝ぼけ眼に「ママ」と言った。その瞬間、泣いてしまった。久しぶりの涙だった。

妻の入院3日目。保育園の後、息子と一緒に初めて面会に行った。本来、面会は最低限体調が落ち着くまでは控えなくてはいけないのだが、病院側も事情は理解している。30分だけ面会が許された。

きっと息子は1歳10ヶ月児なりに状況を把握して、彼なりの我慢していたのだと思う。面会室に入った瞬間、涙をこらえきれなかったのはママとパパだった。ふたりをじっと眺め、自らはあまり動こうとしない息子。いつもと少し様子が違うママをみて、とまどいながらもママが持ってきた給食のデザートだった蒸し芋をほおばる。

すごくたくましく見えた。まだまだ赤ん坊だけど、少しずつ、確実に成長している息子。弱気になっていたのはパパとママだった

あっという間に30分が過ぎ、面会室を出ようとした時、この3日間、張り巡らせていた糸が切れたかのように息子が号泣し始めた。こうなるとママもパパもどうしようもない。一緒に泣いた。

病院を出て、車で僕の実家に向かった。病院の面会室を出て、実家の扉をあけて祖父母に顔をあわせるまで息子はずっと泣いていた。「ママいい〜」、後部座席から聴こえてくる涙声を聞きながら、一緒に泣いてあげるのが良いのか、ひたすら励ますのが良いのか、わからないままただただ前を向いて運転することしかできなかった。

とにかく、妻もお腹の子も元気だった。それだけで幸せなことなのだ。とても幸せなことなのだ。

02

これまでの記事

海パパ

1980年生まれ。脱サラ育児を決行した帰国子女クリエイティブ・ディレクター。現在は「働く主夫」として育児と仕事の両立に奮闘中。最近第2児が誕生し、長男の時の教訓を生かしつつ東京パパの育児スタイルを模索中。

 
あなたにおすすめの記事