ボナペティート

2017.02.08

今夜もボナペティート【22】そうか。だから私はイタリアに行くのか。

山中律子 イタリア家庭料理研究家
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ボローニャ弾丸1週間の旅に行ってきた

節分も無事に過ぎまして、名実(?)ともに2017年。
私におきましては、大殺界あけましておめでとうございます。

そんなわけで大殺界卒業記念などと大騒ぎしてイタリアはボローニャ弾丸1週間の旅に行ってきたわけだが、いざ、かの地で迎えた節分の日はといえば…。現地で和食屋をオープンした日本人の友人T子さんの店を念願の表敬訪問、鯖味噌定食についていた恵方巻きに「そっか! 今日は節分か。さすがT子さん、考えることが洒落ている!」と感動しながら恵方を向いて一気食いこそしたものの、大殺界の「だ」の字も思い出さないまま終わったのであった。ま、そんなもんです。

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さて帰国して、家に入るなり、いつものように覚悟を決めて冷蔵庫を開ける。ひとり留守番役の夫は絶対に料理をしないから、毎回、冷蔵庫の腐った野菜、ひからびたベーコン、臭くなった牛乳などなどを処分するのが帰国後の最初の仕事。

ところが、おやおや、トマトも表面がつやつやしたままだし、牛乳も賞味期限までぜんぜん余裕だし、食べかけのカマンベールもまったく問題なし。何故だ!?

そっか、そういや、たったの1週間だったものね。

でも、本当にたったの1週間だったの?

いつものイタリア行きに比べたら、今回の旅は本当に短かったはず。それでも品川駅から成田エクスプレスに乗り込んだ時の映像を思い出すと、それは3週間前にも4週間前にも感じる。それくらい、一日、一日が濃く充実したものだったという証に違いない。

18年前に初めて料理修行へと旅立った際の滞在先が、ここボローニャ
古巣を訪ねる旅は、あるミッションを果たさねばならなかったのが一つ、あとはお世話になった師匠たちへの挨拶まわり、そして、冬しか食べられない食材や料理の味を、久々の冬の訪問で確かめてくるのが主な目的。

今回は料理修行ではなかったのだけど、18年前にホームステイした夫婦の家に子連れで居候させてもらいながら、チェントロ行きのバスに乗ったり、街をくねくね歩いたりしていたら、当時、会社の有給休暇をまとめ取りするという前代未聞の作戦で料理修行に来たときの光景が、思わず走馬灯のように蘇る。

朝から晩まであっちのリストランテの厨房、こっちの料理学校、あっちのマンマ、こっちのマンマと飛び回って、そういえばあの時も、2ヶ月の期間が、あとから振り返ればまるで5ヶ月にも6ヶ月にも感じたものだった。

現実放置のすすめ。

「現実逃避」と平たく言ってしまえばそれまでだけど、日常から完全に逸脱して海外に滞在することの必要性を、今回も改めて痛感する。現実からこそこそ逃げるのではない。堂々と放置していくのだ。

会社を休み、仕事も置いて、私の場合は夫も置いていくわけだが、日本の日常において普段自分が肩に背負っているもののすべてを下ろし、頭の中を占めているすべてを空っぽにするのと引き換えに、緊張感という服を一枚だけ纏う。そうして身一つで、日本の常識がまるで通用しない海外へと旅に出ると、その時の吸収力というのかな、無意識の吸収欲というのかな、それって自分でいうのもなんだけど、すごいものがある気がするのだ。

いつもは眠っている感性が研ぎ澄まされて、身体全身で吸収してもしても、満杯になることがない。そう、まるでパチンコの羽根モノでパカッと開きつづけて、いっくらでも玉が入り続けるような、あんな感じ。

自分のどこにこんな体力があったのだろうというくらい動き回り、睡眠時間がおいつかなくてもまったく苦ではない。

滞在しながら得ること、感じることのすべてが、自分の価値観や感性の中にどんどん肥やしになって溜まっていくのだ。

こういう経験は、友達同士や夫婦で行く旅ではたぶん得られない。

この肥やしが、私の場合は情けないことに、努力不足で目に見えた大きな成果や利益につながることはないのだが、目的が料理修行であれ挨拶回りであれ、私はきっとこの臨場感がやめられなくて、あえてものすごい緊張感とともに子供二人連れてイタリアに通い続けているのかもしれない。

おっと、冷蔵庫のトマトがあまりにも、つい昨日のトマトのようにつやつやのままだったことに端を発して、つい話がそれてしまったけれど、次回のコラムでは今回のイタリアで堪能した料理や食材の話などを。

そして最後に、大殺界とおさらばした日の、でも見事に大殺界の「だ」の字も思い出さなかった、記念すべき鯖味噌定食の写真で締めたいと思う。

中国人が経営する偽りの日本食屋ばかりのイタリアで、日本食といえば則ちペッシェ・クルード(生魚)と信じてやまないイタリア人たちにむけて、ついにオープンした「日本の本当のおふくろの味」を提供する店「Yuzuya(ゆずや)」

イタリア人に「イタリアで本当の日本食が食べられる店、知ってる?」と聞かれたら、迷わず教えてあげてください。ボローニャにあるよって。

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山中律子 イタリア家庭料理研究家

慶応義塾大学法学部政治学科卒。電通にてコピーライターとして勤務の傍ら、イタリア家庭料理研究家として活動。毎年、子連れでイタリア各地の田舎を旅し、アグリトゥーリズモや農家のマンマに料理を習う。自宅で料理教室や料理イベントを主催。著書に「トルテリーニが食べたくて」。

 
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