ボナペティート

2017.01.18

今夜もボナペティート【20】 あついぜ、イタリア冬野菜

山中律子 イタリア家庭料理研究家
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あったか〜いお部屋で、つめた〜いカルピス

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毎日過酷な雪下ろしに追われている雪国の方々を思うと不謹慎な話だが、大寒波のニュースを聞くと、ちょっと心が躍る。そして必ず遠い記憶の映像を思い出すのだ。
それは、まだテレビが白黒だった頃のカルピスのコマーシャル。

一面の銀世界で雪遊びをしたあと、薪ストーブのついた家の中に戻って「あったか〜いお部屋で、つめた〜いカルピス」。ほらね、おいしいでしょ?というもの。この、うんと寒い世界を窓越しに見ながら、まるで別世界の暖かい部屋でぬくぬくするというシズルが幼いながらにたまらなく好きで、しかし私の場合は、いやいや、こういうシーンではやっぱりあつあつのものを飲むからいいんだよと異議を唱えつつ、母にお湯を注いでもらってホットカルピス。「あったか〜いお部屋で、あったか〜いカルピス」を飲んでいたものだ。

寒い冬に温かいものを飲み食いするというのは、人間の極めて能動的な行為な気がして、暑い夏に食欲がないからと冷たくてつるっとしたそうめんで済ませたり、無理やりにでも食指を刺激するスパイシーなものを食べるのとは、食事のモチベーションが正反対だ。

だからかな、冬の料理のほうが圧倒的に手の込んだものになるし、繊細で滋味溢れる味わいのものが多い。料理人にとっても冬の食材がもっともうずうずして腕を鳴らしなくなる、それはきっと私だけではないはず。そしてそれはまた、イタリア料理においても同じことが言えると思う。

このコラムでも何度も紹介しているが、あつあつのブロードに浮かべて食べる我が愛するトルテッリーニも北イタリアを代表する冬料理だし、オーブンからぐつぐつ言わせながらテーブルに運ばれるラザーニアだって冬の宴に欠かせない。

でも、いってしまえば一年中食べられるっちゃ食べられるわけで、イタリアで本当に今の時期しか食べられないものといったら、やはり、冬にしか収穫できない冬野菜を使った料理の数々に相違ない。

イタリア人の冬のソウルフードとして真っ先に挙がる「Ribollitaリボッリータ」もその一つ。Riが「もう一度」、bollireが「茹でる・煮る」という意味だから、もともとは貧しかった時代にスープの残りを次の日もう一度温め直して食べていた家庭料理。キャベツ類を中心とした多くの野菜と白いんげん豆のごった煮のようなものだが、味の決め手になるのがカーボロ・ネーロという黒キャベツだ。

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ゴジラの皮膚みたいな表面、生で食べるとおそろしく苦いけど、くたくたに炒めて、ぐちゃぐちゃに煮込むと、そのグロテスクな風貌からは想像もつかないコクが生まれる。これを、何日も経って固くなったパンの上にぶっかけて、あるいは一緒に煮込めば「古式正しい貧乏料理」の完成。あったかいおふくろの味が胃袋の染み渡っていく時間は、冬にしか味わえないとっておきの贅沢だ。

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リーキでおなじみのポロネギも、今しか食べられないネギ。日本でいえば下仁田ネギのような存在だろうか。タマネギよりも繊細で、さっと炒めただけで甘くなる。ラグーを作る時もタマネギの代わりにポロネギを使えばぐっと上品な味に引き立ててくれるし、脇役に限らずとも大量のポロネギだけを具にしたトマトソースなんてのも相当イケる。

そしてイタリアを代表する冬野菜の王様といえば、なんといってもラディッキオだろう。

北イタリア・ヴェネト州のトレヴィーゾ近辺で生産される高級野菜で、フリットにしたり、グリルにしたり、リゾットにしたり…。火を通してもどこかにシャキッとした歯ごたえは消えず、苦味と甘味が絶妙のコントラストがたまらない。

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イタリア野菜を、日本でも!

こうした野菜料理は、いまではうちの料理教室でも、トルテッリーニをしのぐほどの、冬メニューの定番になった。

というのも、こうしたイタリアの冬野菜を日本で食べようと思ったら、以前は高級リストランテに行ったり、高級スーパーで空輸されたものを買うしかなかったのだが、ここ数年で日本国内でもイタリア野菜を生産する農家が出始めたからだ。

中でも私がお世話になっているのは、山形県は河北町の農家集団、その名もかほくイタリア野菜研究会

同研究会は今から5年前に地域おこしのひとつとしてスタートした企業組合で、19の農家が力を合わせて試行錯誤を重ね、今では名だたるイタリアンの重鎮シェフをはじめ全国のリストランテと取引をしている。保守的、閉鎖的だったそれまでの農家の考え方を捨て、70代から20代の生産者さんが、それぞれの得意分野を生かしながら力を合わせ、日々、おいしいイタリア野菜を日本中へ送り出す。その努力と心意気はまさにプロフェッショナルな職人集団だ。

中でも彼らが力を入れているのが、河北町の気候が、寒暖の差が激しい本場トレヴィーゾと似ていることから栽培を始めたというラディッキオ・タルディーヴォ。しかし現在のような生産に至るまでには、苦労も喜びもひとしおだったのではと想像する。

ラディッキオには球状のキオッジャや早生種のプレコーチェなどいろいろ種類があるのだけれど、とりわけタルディーヴォが群を抜いて高価なのは、群を抜いて栽培に高い技術と手間が必要だから。

霜が降り始めた頃、でも雪に覆われる前のわずかな期間に急いで株ごと収穫、しかしここからがさらに険しい道のりで、ハウスの中につくった専用の水槽に移し、きれいな水で軟白栽培しながら丁寧に育てていく。寒さに耐えぬいて初めて手に入れることができる純白の芯と深紫の葉の鮮やかなコントラスト、そしてみずみずしい歯ごたえ。そこれだけ貴重な産物を、しかも取引先への出荷時期に合わせ、タイミングを計算しながら栽培していくのだとか。

お気楽に「来週末着で、何株お願いしまーす」なんて注文していた自分がただただ恥ずかしくなる。

ところでこの大寒波。テレビで連日、雪に埋もれた日本各地の映像の中に山形を何度も目にしてつい心配になり、生産者のお一人にメールをしてしまう。

「おかげさまで、なんとか極寒生活を楽しんでますよ〜」との返信にホッとしつつも、しかしこの大雪の影響で、ハウスが雪に埋もれるのを防ぐために一日に何度も除雪作業をしたり、水耕栽培の水が冷えすぎないように地下水を組み上げて水温を調節したりと、厳しい寒さの中、やることはキリがないそう。

しかし、メールの最後はこんな風に締めくくられていた。

「でも葉を一枚一枚剥がしていって、紫と白のきれいなコントラストが見えてきた瞬間は、至福の喜び。なんともいえない達成感があります」

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うんと暑い夏があったうえで、ちゃんと寒い冬がある。そんな国で育った冬の野菜は、とっても豊かで滋養に満ちている。

でもそれは、こんな風に厳しい冬の自然と真剣に向かい合いながら野菜を育てあげていく、あったかい人たちがいるからなんだな。と、改めて。

その情熱に負けないくらいの愛情をたっぷり注いで、今年の冬もあったか〜いイタリア料理、つくるぞ。

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山中律子 イタリア家庭料理研究家

慶応義塾大学法学部政治学科卒。電通にてコピーライターとして勤務の傍ら、イタリア家庭料理研究家として活動。毎年、子連れでイタリア各地の田舎を旅し、アグリトゥーリズモや農家のマンマに料理を習う。自宅で料理教室や料理イベントを主催。著書に「トルテリーニが食べたくて」。

 
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