しごとなでしこ - SHOGAKUKAN

「たっぷり」のオリーブオイルってどれくらい? 軽量カップもスプーンもないイタリアの厨房

イタリア料理は、「いいかげん」が一番の調味料

「あのぅ…<たっぷりのオリーブオイルで炒める>って書いてありますけど、たっぷりってどれくらいですか?」
料理教室に初めていらしてくださった方にそう聞かれて
「ええっと、ブイーン、ブイーン、ブイーン、って、これくらいですかね」
とフライパンにオイルを3回ほどまわし入れながら、こう答えてしまう私は、つくづく料理の先生としては失格なのだろう。
「じゃ、この1周分のブイーンは、大さじでいうとどれくらいですか?」
とさらに質問された日には、いやあ計ったことなくて本当にすみませんと謝るしかない。

食材の買い出し、ワインの調達など料理教室のための準備はいろいろあるのだが、中でも意外と骨の折れる作業が、実はレシピの書き起こし。現地のマンマたちから習った家庭料理を再現してもらうべく手順をわかりやすくまとめるのは、一応、言葉を書くことを生業にしているのでそんなに難しいことではないのだが、気が重いのは分量の割り出しだ。

イタリア人ほど分量を計らない人々はいないんじゃなかろうか。
少なくとも私が出入りさせてもらっているマンマの家で、目盛りのついた軽量カップや、いわゆるひと匙15gの軽量スプーンなんてものを見たことがない。

もちろん、分量を示す際に、大さじ(Un cucchiaio=大きなスプーン)、小さじ(Un cucchiaino=小さなスプーン)という言い方はするけれど、大さじといえば各家庭でシチューやカレーを食べたりするときに日常的に使う文字通りの大きなスプーンのこと。そして小さじといえばコーヒーについてくるような小さなスプーンで計る

しかし当然ながら家庭によって使っているスプーンは違うし、例えば砂糖大さじ1といっても、砂糖の種類が粉砂糖なのか、粗めの黒砂糖なのかによってだって、同じ大さじ1でもグラム数は大きく変わってくるというのに、大さじといえば、あくまでもただの大きなスプーンのことなのだ。

1カップ(Una tazza)という言葉もちゃんと存在するにはするが、カップといったって家族の誰かが毎朝牛乳を飲むときのマグカップだったり。そうそう「小カップ」(Una tazzina)というのもあって、だいたいリゾットの一人前に必要な米が1小カップなんだけど、ピエモンテの先祖代々つづくリストランテで修行していたときなんて、亡くなった先代のおばあちゃんが愛用していたエスプレッソカップで計ってたっけ。

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こうした、家庭ごと、厨房ごとに、まるで統一性のない独自の「大さじ」や「カップ」で、砂糖や小麦粉を適当にすくいながら、とっとと作っていくのがイタリア流。でもって、「私は目分量で、いいかげんだからねえ」というのがお決まりの口上なんだけど、その口調には明らかにたっぷりの自信が含まれているから見よう見まねで覚えるしかない。確かに、同じリンゴのタルトでも、人によって分量も手順もさまざま。でもだからこそ味も食感も家庭ごとに特徴があって、これがまた、作る人の人柄や性格が見事に現れているから面白い。

なるほど、この「私流の目分量」こそが料理上手の証であり、「いいかげん」こそがいちばん大事な調味料だったりするんだな。イタリア料理って、つくづく「人」なのだ。

めざすは、「イタリアマンマのいいかげんレシピ」本

そう考えると、そんな彼らの料理をレシピに落とすべく、うん!うまい!これでよし!と思えるまで何度も復習しているこの段階ですでに「私流の味」に変化を遂げていることは間違いなく、それでこそイタリア家庭料理なわけで、それをお教えした皆さん自身も自由に自分流の味に育てていってくれたら、それが一番本望なのだ。

だから <たっぷりのオリーブオイル>ってどれくらいですか?と聞かれて相変わらず「ブイーン、ブイーン、ブイーンって感じですかね」と答え続ける私は、依然として料理の先生としては失格だろうが、でもイタリアの、しかも家庭料理研究家としては、もしかしたら至極正しいのかもしれないという結論に至る。

そしてイタリア家庭料理の真髄を広めるさらなる野望として、「レシピ通りの分量をきっちり守れば誰が作っても失敗しません」的な料理本に対抗し、「イタリアマンマのいいかげんレシピ」という本を出すというのはどうだろう。巻頭レシピは、エルダおばあちゃん90歳が、計るも混ぜるも、スプーン1本だけでつくるリンゴのケーキ。

さあ、この本、買う人いるかな? いないかな?

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【エルダおばあちゃんのリンゴのケーキ】
1
.ボールに、コーンオイル(大スプーン×3)、砂糖(大スプーン×5)、溶き卵1個、レモンの皮をすりおろしたもの適量、小麦粉(大スプーン×5)、ベーキングパウダー(大スプーン×1/2)の順で、大スプーンでかき混ぜながら入れていく。生地が固すぎるようなら牛乳をほんの少し加えるとなめらかになる。
2.リンゴ2個は皮をむきうすくスライスしてボールの中に入れ、ひきつづき大スプーンでリンゴと生地をガシガシよくあえる。
3.パイ皿の内側にコーンオイルをぬり粉をはたいたら2を入れ表面を平らにし、180度〜190度のオーブンで40〜50分焼く。途中で表面にバターを塗るといい。

山中律子 イタリア家庭料理研究家

慶応義塾大学法学部政治学科卒。電通にてコピーライターとして勤務の傍ら、イタリア家庭料理研究家として活動。毎年、子連れでイタリア各地の田舎を旅し、アグリトゥーリズモや農家のマンマに料理を習う。自宅で料理教室や料理イベントを主催。著書に「トルテリーニが食べたくて」。

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