しごとなでしこ - SHOGAKUKAN

今夜もボナペティート【9】南イタリアのすすめ

イタリアの「地の果て」へ

01

夏は苦手。海も好きじゃない。水着の中の、特にお尻のあたりに砂がジャリジャリと残るあの感じとか、小さい頃から大嫌い。子供のくせにこんな神経質なのはきっと自分くらいだろうと当時から思っていたけれど、大人になって結婚した相手もなんと同じ理由で海嫌い。そして生まれた子供も仕向けたわけじゃないけれどやっぱり海派ではなく山派だそうな。バンザイ。足並み揃って海嫌い一家の完成だ。

 

そんなわけで、昔から夏の旅行には特に執心がなかったのだが、子供が小学校に上がってしまうと夏休みくらいしか数週間かけてイタリアに行かれるチャンスがない。で、仕方なく「夏のイタリア」が恒例になって久しい。

夏にイタリアに行くのであればとサルデーニャやシチリアといった南の島にも行くけれど、どうしても山が恋しくなり最後はウンブリアの山奥の常宿で過ごすパターンが多かった。

しかし今回、旅の最後に10日間もプーリアに滞在して、不覚にも夏のイタリアの真骨頂に目覚めてしまったことを認めよう。

 

何回か前のこのコラムで書いたけれど、イタリア人の一日は、なが〜い昼休みを境に前半と後半に分かれている。特に灼熱の太陽ふりそそぐ南イタリアでは、午前中の比較的しのぎやすい時間帯は海で過ごし、昼食後は太陽がしっかり傾き切るまで家の中でたっぷり昼寝、夕方5時から街に繰り出して活動開始というスタイルが常識。

なのでプーリアに着いて早々、次男が頭を2針縫って「10日間は洗髪禁止。海もダメ」となったとき、「せっかくプーリアまで来たのに海に行かれないなんてかわいそうに」と周囲に不憫がられたけれど、実際は海に行かない大義名分ができたことに密かに安堵する我が家であった。

さて、これで正々堂々と、海水浴ではなく「プーリアめぐり」ができる。

イタリアの形をハイヒールブーツに例えると、アキレス腱からヒールの先まで南北に細長いプーリア州。とんがり屋根のトゥルッリであまりにも有名な世界遺産の街アルベロベッロ、バロックの都市レッチェなど、いわゆる観光客で賑わう地域は州の真ん中より南のあたりに集中しているのだけど、三回目のプーリアは、まずはそれよりもさらに南を、いちばん南を極めたかった。

02

オリーブ畑の中を突っ走ること二時間半。目指したのは、ブーツのヒールのいちばん先っちょ。Santa Maria di Leuca、通称レウカ岬。一説では、サン・ピエトロ(聖ペテロ)がここから上陸し宣教したとされる、イタリアにおけるカトリックの始まりの地。ゆえに「カトリック教徒たるもの魂になっても一度はこの地を訪れるべし」なのだとか。

岬の丘を上り詰めると突然目の前に立ちはだかるのはFinibus Terrae聖堂。ラテン語で「地の果て」を意味するその名の通り、その先には青い海と広い空しかない。

ここから岬を一望すると遠くにイタリア国旗がたなびく崖っぷちを発見。あそこがまさに最南端に違いない。再び車に乗り「その地」を目指す。

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着いた。ここがイタリア半島のかかとの、いっちばん先っちょ。

なんの看板も道標もなく、ただ地面に○印があるだけで次男に至っては相撲の土俵だと思ったほど。しかしその○印の上に立てば、ここから左はアドリア海。ここから右はイオニア海。ヨーロッパと地中海の狭間。西洋と東洋が出会う場所。そして目の前に広がる大海原の向こうはアフリカだ。

「地の果て」は、地の始まりでもあり、そして世界の中心でもあるという気がしてきた。世界の中心で愛を、いや愛じゃなくていいんだけど、なんだかわけもなく叫びたくなる。カトリック教徒ではないのだけど、魂がぶるぶると震え立つような感覚を覚える。

ふと、25年ほど前、ポルトガルを旅したときに訪れたユーラシア大陸最西端のロカ岬で、最西端到達証明証なるものをまんまと買わされたのを思い出したが、引き換え、ここには売店すらない。

かといって寂れた街かというと決してそうではなく、一応、小さな海水浴場もあって長期滞在のバカンス客もいる。

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海岸に面した通りに点在している、海の家に毛が生えたような食堂でお昼ごはん。ムール貝がどっさりすぎてパスタが見えない…。

家族経営と思しき店の人たちが、特別に愛想がいいわけでないのもかえって居心地がいい。「カトリック教徒たるもの、死んでも足を運べ」と言われる街は、住民たちの普段の生活が普段通りに流れている、そんな街。でもある意味、それこそが厳かなことなのかもしれない。

さてと、宿へ帰って、我々も昼寝としよう。

好きだ、好きだ、大好きだ。

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そして今日も、日が暮れてから起きだして、汗だくになった身体をシャワーで清め、昼間とは違うちょっとだけおしゃれな服に着替えたら、車でほんの5〜10分の街に繰り出すのだ。チステルニーノ、ロコロトンド、マルティーナ・フランカ、オストゥーニ…どこの街でも屋外の広場に特設ステージを設けて連日連夜コンサート。ステージの前でバカンス客も地元の人も一緒くたに踊りだす様はまるで盆踊り。お店もバールも薬局も深夜まで営業、迷子になりそうなくらい混み合うメインストリートは初詣の参道状態。皆が寝静まっていた昼間のゴーストタウンが嘘のように、夜のお祭り感たるや半端ない。

 

同じ海系バカンスでも常夏のハワイのそれと違うのは、限りある夏のひとときを、訪れる人も迎え入れる人も一緒になって謳歌しているからだろう。プーリアの徹底した夏のライフスタイルに観光客の方が合わせざるをえないのも、一度味わったら、朝、昼、晩のこのメリハリ感がたまらないことに気づくのだ。さらに海嫌いの我が家の場合、午前中は海でぼーっとするかわりに史跡探訪という知的欲求達成時間となるから、一日のメリハリ感はさらに倍増するというわけだ。

南イタリアで一ヶ月のバカンスなんてありえないと思っていたけれど、今ここに、高らかに前言撤回いたします。

海は嫌いだけど、南イタリアは好きだ、好きだ、大好きだ〜。

あ、どうせならレウカ岬で叫んでおけばよかったな。

山中律子 イタリア家庭料理研究家

慶応義塾大学法学部政治学科卒。
電通にてコピーライターとして勤務の傍ら、イタリア家庭料理研究家として活動。
毎年、子連れでイタリア各地の田舎を旅し、アグリトゥーリズモや農家のマンマに料理を習う。
自宅で料理教室や料理イベントを主催。
著書に「トルテリーニが食べたくて」。

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