しごとなでしこ - SHOGAKUKAN

今夜もボナペティート【6】食べることは生きること

イタリアから、ボナペティート

先週からイタリアに来ている。
マンマに料理を習いにイタリアに通っているはずの自分が、今回は、ひょんなことからマンマに料理を作ってあげるという生活を一週間ほどすることになった。
旅の始まりはウンブリア州。中2の長男は山奥でBryanとGrazia夫妻による一週間の泊まり込み語学コース。その間、私と5歳の次男はペルージャ郊外に住むGraziaの長姉のAntoniaおばあちゃんちに居候させてもらうことになった。

5人姉妹の一番上として結婚もせずに家族を支えてきたAntoniaは戦中戦後の激動の時代にローマ大学の医学部を出た才媛。生まれつき両足が不自由で、もはや目もよく見えず、隔日でヘルパーさんがくる要介護老人と聞いていたからある程度覚悟して来たんだけど、いやはやどっこい、アパートの4階から電動リフトの椅子にのって地上におり、タクシー呼んでひとりで美容院も行くし、若い頃からのライフワークである保健教育の本や雑誌の編集の仕事で週4回は仕事に行くし、ペルージャ市長と電話番号まで交換して意見は言うし、とにかく明るくてインテリで話好きでなんたってチャーミングな87歳。
「料理だけは若い頃から特に執着なかったの。食べるの専門ってやつよ」
と胸を張るだけあって、いまだ健在な自前の歯で、好き嫌いなくなんでも食べる。日本食を食べてみたいというリクエストに応えて牛肉の煮物を作ってみたものの、肉が赤身すぎてカチカチになってしまったのに「おいしいわ。こういう味、大好き」といって残さず食べてしまう。イタリア米ではさすがに上手く炊けなかったお焦げだらけの白米までもペロリ。普通はこの年齢だとパスタは昼か夜かどちらかしか食べないのに、昼も夜も、パスタも肉を食べる。決して暴食はしないし、味にうるさいわけでもないのだけど、いやあ、こりゃすごいわ。

01

ところで、今回長男がお世話になることになったBryan&Grazia夫妻と私たちが知り合ったのは遡ること12年前、この長男がまだ1歳だった頃、私の両親も連れてイタリアを旅したときのこと。ローマからボローニャ方面へ車で北上する途中、ウンブリアのこのあたりで2泊ほどしてみようと、たまたまネットで見つけたのが、当時夫妻が経営していたアグリトゥーリズモ(農業経営型宿泊施設)だった。20年近く前の脳出血ですでに右半身が不自由だった父のために段差のない宿を探していたのだけど、この時、実に親身に対応してくれたのがGraziaだった。離れと母屋の間を行き来するときも、うちの父の手を引いてくれたり、料理の味付けを気にかけてくれたり。しかし今思えば、この長姉のAntoniaおばあちゃんの世話をし続けてきたこともあってすべて心得ていたのだろう。

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無事にイタリア旅行を満喫した父だったが、その後は股関節を骨折したり大腸癌を患ったりと度々病院の世話になり、身体の自由は効かなくなるばかり。それでも命に関わるほどの大きな病気もせずにここまできたのだが、今年に入ってからぎっくり腰、お腹の風邪と、ちょっとしたアクシデントに立て続けに見舞われたことでみるみる体重が激減。入れ歯が入らなくなり、固形物が食べられなくなったことでさらに衰弱し、そしてついに、今回私がイタリアへ出発する一週間前に、家族が予想もしていなかった症状を引き起こし緊急入院する事態に。「あと数日、搬送されるのが遅かったら命にもかかわっていた」と医者から指摘されたほど楽観視できない病状にイタリア行きも迷ったが、「そりゃ行くべきだ。行かなきゃダメだ」という父の言葉に甘え予定どおり来てしまったのだった。

そんなこともあって、誰よりも父のことをよく覚えていてくれているGraziaに、12年経ったいま息子を預けながら、そのGraziaの姉で、奇しくも父と同じ1928年生まれのAntoniaおばあちゃんと過ごす毎日は、後ろ髪引かれる思いで残してきた父のことを想わずにいられない。そして、同じく体の身動きは効かない二人なのに、この違いはいったいなんなのだろうと。
思うに、それはやはり「食べること」に尽きるのではないだろうか。
折しも、毎日見舞いに通ってくれている姉からLINEが来て、入れ歯を直してもらって固形物を少しずつ食べられるようになったらみるみる元気になってきたと。点滴でもなく、流動食でもなく、そう、やっぱり口から料理を入れ、噛んで、舌で味わい、喉の筋肉を使って飲み込む。これこそ、生きる営みの基本なんだな。

愛される要介護老人になろう

さて、そんな姉からのLINEに返事をする間もなく、今朝もAntoniaおばあちゃんから「ねえ、今日は何する?どこ行く?ペルージャの街にいって、ぶらぶらして、どこかでランチでもしてきましょうよ」と誘われて、おでかけの日々。
「ああ、杖がないわ、どこに置いたかしら〜」から始まって、首から下げてるはずの携帯が「あら?見つからないわ〜」と続き、ものすごーく時間のかかる電動 リフトで地上に降りればタクシーの方が先に着いてるというお決まりの展開。街を歩けば必ず誰かと出会って立ち話、でもそのあとで「あの人、よく話すんだけ ど、なんて名前だったかどうしても思い出せないのよね。えへへ」と笑い、関係者しか使えないエレベータに勝手に乗って議会室に私を案内し、クレジットカー ドで私たちにどうしてもランチをご馳走したいからと、私の手にぐいっとしがみついて店の階下のレジまで10分以上かけて意地でも暗証番号を押しにいくし。 健常者の5倍は時間がかかるうえに、とことんマイペース。それでも周りの人が苦にならないのはなんでだろう。むしろ、周りをハッピーな気持ちにさせてくれ るのはなんでだろう。
私もこんな風に年をとって、こんなおばあちゃんになりたいな。
そして父にも、もう一度元気になって、こんな要介護老人になってほしいな。
Antoniaおばあちゃんと過ごした一週間が、いみじくも、放ったらかしてきてしまった父に心の中で大きなエールを送る時間になったのも、Grazia夫妻と私たち家族との、不思議な縁のおかげかもしれない。

Antoniaおばあちゃんと過ごす最後の夜。ランチであれだけパスタと肉を食べたのに、夕飯も「ボナペティート!」と言って私の作ったパプリカとトマトソースのフジッリをペロリとたいらげた。
おばあちゃん、どうかこれからも「今夜もボナペティート」が毎日つづく人生でありますように。

山中律子 イタリア家庭料理研究家

慶応義塾大学法学部政治学科卒。
電通にてコピーライターとして勤務の傍ら、イタリア家庭料理研究家として活動。
毎年、子連れでイタリア各地の田舎を旅し、アグリトゥーリズモや農家のマンマに料理を習う。
自宅で料理教室や料理イベントを主催。
著書に「トルテリーニが食べたくて」。

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