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今夜もボナペティート【31】

【イタリア料理】なぜ、ズッキーニの花をフリットにすると美味しいのか

イタリア家庭料理研究家として活動する山中律子さんの連載コラム。山中さんがイタリア各地のマンマたちから学んだ絶品レシピやライフスタイルを紹介します。

■ズッキーニの花はフリットにするのが一番美味しい

イタリア料理を堪能するなら断然、秋から冬。
という個人的な確信は相変わらずあるものの、やはりその季節でしか味わえない食材や料理も数多く存在するのがイタリア。夏嫌いの私でも、ああ、この季節が来てよかったと素直に思えてしまうイタリア食材の筆頭が、ズッキーニの花だ。

花をそのまま炒めたり焼いたりしてもおいしいけれど、衣をつけて丸ごと揚げる「フリット」という調理法で食べるのが、やっぱりいちばんだと思う。

私が初めて「ズッキーニの花のフリット」を口にしたのは、17〜 18年くらい前。ピエモンテ州のとある小さな村、丘の頂きにそびえるカステッロ(城)の格式あるリストランテで料理修行をしていたときのこと。といってもこのリストランで食べたのではなく、ここの女主人が安く長逗留できるようにと紹介してくれた、丘のふもとの小さなアグリトゥーリズモ(農家民宿)に寝泊まりしていたときのことだ。

秋も深まる10月末の頃、連日深夜まで働き、くたくたになって城から戻ってくる私にとって、この民宿で迎える朝ごはんの時間は1日の中でいちばんのゆったり過ごせるひととき。しかも朝ごはんの内容がすごい。農家の夫婦が畑仕事の傍ら経営している宿だから、夜ご飯は出さないB&B形式だけど、料理好きの妻、ピヌッチャは、宿泊客にできる限りのマンマの味をと、採れたての野菜や果物をふんだんにつかった卵焼きやタルトなどの手料理が毎朝の食卓にずらりと並ぶ。イタリアの朝ごはんといえば、甘い菓子パンやビスケットにカフェラッテでおしまいなのに、まるで「これが夜ご飯でもいい!」と思うくらいの品数とボリューム。

私の出勤時間はゆっくりめの11時とあって、他の宿泊客より一足遅れて食堂へと降りていくのだが、カンティーナ巡りが目的の客などはとっくにチェックアウトを済ませて出て行ったあとだったりして、すっかり手が空いたピヌッチャは、私のために新しい熱々のオムレツを焼いてくれたりする。「お城の料理とは違って、私のつくるのはただの田舎料理だから」と謙遜しながら、しかし、遥かアジアの小国から料理の修行に来た日本人に、少しでも多くの料理を味わってほしいという彼女の思いが伝わってきて、余計に心にしみたものだ。

そんなある日の朝「季節はずれなんだけど、今朝、畑で見つけたから嬉しくなっちゃって。これ食べたことある?」と出してくれたのがズッキーニの花のフリットだった。え? 朝っぱらから揚げもの?! 躊躇しながらも、さくっとかぶりついた瞬間、なんともいえない畑の緑の匂い。ふんわりとした空気のような花を、さらにふんわりした衣で包み込みで揚げたフリットは、どこまでも軽い。

当時は気づかなかったけど、ズッキーニの花というのは日がのぼってしまうと萎んでしまうから、明け方に収穫するものなのだとか。きっとこの花も、まだ暗いうちから農作業をしているときに見つけたのだろう。

私が日付を超えて帰ってきても、必ず寝ずに待っていてくれて、朝は朝で夜明け前から起きだして畑仕事、それなのに疲れた顔ひとつ見せず、こうしてとびきりおいしい朝ごはんをつくってくれる。一日の始まりに彼女の手料理でフル充電できたからこそ、修行先のどんなに過酷な労働にも耐えられたのだと思う。

会社を無理やり休み、夫もおいて身一つで乗り込んで来た30女の、覚悟も不安も焦りも、その体格そのものの大きな大きな懐で、どっしりと、そして優しく受け止めてくれた。そんなピヌッチャは20年近く経った今でも私をいつも遠くから応援してくれる母のような存在だ。

■思い出のズッキーニの花のフリットは、前菜なのにメイン料理のような充足感だった

私にとって忘れられない「ズッキーニの花のフリット」はもうひとつある。それは、イタリア中部ウンブリア州の山奥にあるアグリトゥーリズモで食べたもの

長男が1歳の夏、私の両親を連れてイタリアを回ったときのこと。夫の運転でローマからボローニャ方面へ北上するルートを組むにあたり、年寄り連れゆえ、途中ウンブリアあたりで二泊ほど宿を取ろうということになった。ネットでいろいろ探していると、あるアグリトゥーリズモのHPに行き当たる。料理の写真が載っていたわけでも、メニューが書かれていたわけでもないのに、なぜだろう、直感的に「ここんちの料理、絶対においしい!」と思ったのだ。

しかし、田舎の宿を決めるにあたり一番のポイントは、階段を上り下りしないで済む部屋かどうか。というのも、このとき父はすでに、70のときに患った脳出血の後遺症で右半身が不自由だったから。しかし残念ながら空いていた部屋は離れの二階のみ。しかたなく他の宿を予約したものの、やっぱりここんちの料理が気になって仕方がない。

そこでダメもとで「夜ごはんだけ食べに行ってもいいですか?」と聞いてみたところ、「通常は宿泊客にしか夕食は提供していないのだけど、せっかく日本から来るのだから」と特別に用意してくれることになったのだ。

暮れゆく夏の夜に、泊まっていた宿から道標もないような山道を走ること1時間以上。たどり着いたのは、丘陵を利用した広大な畑に囲まれた古い小さな一軒宿。迎え入れられた母屋の食堂には、これまた年代物の大きな一枚板のテーブルがどーん。なんと他の宿泊客とひとつの食卓を囲むスタイル。あまりにも粗野な空気に「ここまでして、わざわざ食べに来た意味はあったのだろうか」…。私だけでなく、おそらく夫や両親も感じたであろうそんな不安はしかし、一皿目のいちばん最初の一口を食べた瞬間に見事にかき消される。そう、それがズッキーニの花のフリットだったのだ。

「うまい!」真っ先にそう口を切ったのは、うちの父だったのを覚えている。前菜なのに、メイン料理のような充足感。ふんわりさくっと軽いのに、凝縮した野菜の旨みが半端ない。花のついた細身のズッキーニが丸ごと衣で揚げてあり、花の中身はとろ〜んと糸を引くモッツアレラ、その中に利いてる塩気はアンチョビだ。いわゆるこれがズッキーニの花のフライの典型的な詰め物であることはあとで知ったのだけど、これ以上おいしいものに未だに出会ったことがない。

私たちと同世代の男3兄弟(ちなみに全員独身)が、同じくうちと同世代の両親と、家族5人だけで切り盛りしている。かわいげの「か」の字も、おしゃれの「お」の字もない男臭い宿だけど、畑で採れた新鮮な野菜と丹誠込めて育てたホロホロ鶏やうさぎを使った肉料理の、大地の滋養に満ちあふれた力強い味わいはどんな高級なリストランテでも叶わないだろう。

「日本人のお客さんは初めてだ! わざわざこんなのところまで食べに来てくれるなんて」「しかもこんなチビッ子とご高齢のご両親まで連れて来てくれて」「うちに泊まってもらえなかったのが本当に申し訳ない」一家総出で心からもてなしてくれたひとときは、ほんの数時間いただけなのに、まるでここで寝泊まりさせてもらったかのよう。

残念ながら、父を連れてイタリアを旅したのはこれが最後になってしまったが、この宿の料理をもっと知りたくなった私は、その後も2〜3年に一度は子連れで訪れている。行けば必ず、開口一番「ご両親はどうしてる?」と気にかけてくれて、「ふっふっふ。いまだに日本人のお客はひとりも来ていないよ」と言われ、子供たちはまるで親戚の家に来たみたいに畑を駆け回り、私は厨房で料理を習う。こんなおつきあいをさせてもらっているのも、思えば13年前の衝撃のズッキーニの花のフリットのおかげかもしれない。

■ズッキーニの花か。花ズッキーニか

さて、そんなズッキーニの花も、最近は日本でも食材として少しずつ知られるようになり、国内でも栽培されるようになってきた。

ところで、ふと気づいたのが、「ズッキーニの花」を「花ズッキーニ」と呼ぶことが増えているということ。ズッキーニの花には雄花と雌花があってどちらも花自体の味に違いはないのだが、雄花は実が育たず花だけで食す一方、雌花はいわゆるズッキーニとしての体を成している実の上に花が咲いているもので、通常、日本のリストランテでズッキーニの花のフリットという場合は、小振りながらも「実」があって、そこに花がついている雌花の場合がほとんどな気がする。つまり花のついたズッキーニという意味で日本では「花ズッキーニ」と呼ぶようになったのではないかというのが個人的推測。

まあそれはどうでもいいとしても、「Fiori di zucchini」=直訳すればズッキーニの花というところを、日本人にしては珍しく「花ズッキーニ」なる呼称に自己流にアレンジされていくさまも、この国で野菜としてしっかりと定着していく予感がして悪い気がしない。なにより、家でもフリットが再現できるようになったのは本当にうれしい。

過酷な料理修行を支えてくれたピエモンテの母の手作り朝ご飯。元気だった頃の父が「うまい!」と唸ったウンブリアの山奥での夕餉。ズッキーニの花とともに必ずよみがえる光景に思いを馳せ、私のイタリア料理活動を支え続けてきてくれたイタリアの人たちに想いを寄せて、今年の夏も、私はズッキーニの花を揚げ続ける。

そして、そんな私がこうして日本で作るズッキーニの花のフリットも、誰かの思い出の1ページにしっかりと残る、そんな味わいでありたい、そう願いながら。

山中律子 イタリア家庭料理研究家

慶応義塾大学法学部政治学科卒。電通にてコピーライターとして勤務の傍ら、イタリア家庭料理研究家として活動。毎年、子連れでイタリア各地の田舎を旅し、アグリトゥーリズモや農家のマンマに料理を習う。自宅で料理教室や料理イベントを主催。著書に「トルテリーニが食べたくて」。

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